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  <title type="text">Provisional</title>
  <subtitle type="html">Janek Chenowski&#039;s Provisional Blog</subtitle>
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  <updated>2013-07-11T20:02:27+09:00</updated>
  <author><name>Janek Chenowski</name></author>
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    <published>2021-04-20T03:01:21+09:00</published> 
    <updated>2021-04-20T03:01:21+09:00</updated> 
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    <title>ネタバレ: 彼は死にます。</title>
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      <![CDATA[<div>　Twitterで懇意にしていたフォロワーさんについて書くことにする。<br />
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</div><div>　彼と出会ったのは2013年の夏、大洗でだった。誰が誘ったのかは思い出せないけれど、『ガールズ&amp;パンツァー』の聖地巡礼を一緒にやらないかという申し出があったのだった。</div><div>　当時私は無職で、暇だけは有り余っていたから、この誘いに乗って遥か1000マイル彼方の茨城県は大洗へと向かった。そこで初めて、Twitterのフォロワーさんの一人である彼と出会ったのだった。</div><div>　僕はその時、野球帽に英国国旗のワッペンを付けていた (この辺の事情に疎い人のために説明しておくと、オタクの帽子やジャケットの袖にはマジックテープが縫い付けてあって、その時々で気分に応じたワッペンを貼り付ける事が出来る) のだけれど、彼はそれを見て相好を崩した。「ヤネク・チェノウスキさんですね？」 僕は答える代わりに、右腕を高く上げた左足の下に通し、片足立ちをしながら握手を求めた。この「メイソン式握手」に彼はすぐさま応えて、付け加えるなら、後に僕と会う度にこれをネタにするくらい気に入ってくれたらしい。</div><div>　2013年の大洗での出会いについて、これ以上付け加える事はないと思う。『ヴィンテージクラブ　むらい』でギネスを共に飲んだ事くらいかな (この時、僕は自動車で大洗に来ていたのだけれど、まだ陽は高かった。これから自動車で移動するのに5時間はあったので、それまでにアルコールは抜けると思っていた。実際そうだったと思う) 彼と共に巡る大洗は素晴らしかった。『ガールズ&amp;パンツァー』の思い出を巡る旅。それだけではない。今でも思い出すのは、当時の大洗シーサイドステーションで展示されていた、2011年の大地震による大洗町の被害を展示するスペースで彼が見せた表情だった。津波に浸かって汚れたレゴブロック、流される乗用車の写真。それらを前に、それまで見ていた彼のいつもの優しそうな表情が険しくなっていく様を、たぶん僕はこれからも折に触れ思い出すだろうと思う。彼はそうした悲劇に対して、僕が持ち得ないような全うな共感を持つ事が出来たのだ。</div><div>　彼とはその後も出会う機会があった――『ザ・ロック』という映画の鑑賞会だ。別に映画館で行われた訳じゃなくて、確かカラオケボックスだったと思う。ほかにも多くのTwitterの仲間たちが集って、酒や料理に舌鼓を打ちながら、誰もが500回は観たような映画を鑑賞したように記憶している</div><div>　だけれど、この時、僕は彼と語り合った内容を今でも覚えている。「ショーン・コネリー。彼がアメリカの映画に出演する時、常に英国諜報部の意を受けて潜伏しているスパイの役だというのは興味深いとは思いませんか？」彼はいつもの笑顔で同意した。その他の細かい出来事については記憶がない――鑑賞会が終わった後、僕がカラオケで『The Battle Hymn of the Republic』を歌った事以外には。<br />
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　ここから少し年月は過ぎる。僕は新しい仕事を得て、おそらく彼の人生にもいくつかの転機があったのだろうと思う。我々はTwitterという共通のツールで繋がっていたけれど、そうした事柄について相互に理解する事はなかったと思う。『インターネットで知り合った人と直接会ってはいけません』というルールが根強く染みついた世代だ (待ってくれ、彼はいったい何歳だったんだ？ 僕は？) ただただ年月は過ぎ去り、Twitter上の活動がなんとなく目に入るだけの日々が続いた。誤解の無い様に言っておきたいのだけれど、僕のような世代 (小学校に通っていた頃、何かあったら公衆電話で自宅に連絡できるように、お守り袋に入った100円玉を持たされていた世代) では、この種の付き合いはそう異様なものではないと思う。近年の若い世代ではちょっと様相は異なるのかもしれない。少なくとも僕は――僕は実生活の自分とインターネット上のそれとを明確に分け、Twitter上の情報から僕の「本当の」素性が割れる事がないようにずっと配慮していた。この習慣は今でも変わっていない。今これを読んでいる貴方には、僕の正体はたぶん分からないだろうと思う。</div><div>　僕の正体はどうでもいい。ある日、2021年の3月の半ばだったと思うけれど、彼からTwitterのダイレクトメールが来た。「4月10日にサバゲーの会を主催するので、参加しないか」という内容だった。</div><div>　当時、僕はサバゲーから離れて5年が経っていた。彼と最後に出会ってからも4年が過ぎていた。僕はそのダイレクトメールを最初は無視し、2日後には頭の中の「検討」リストに追加し、そして最後には「参加します」という返事を出していた。どうしてなのかは分からない。きっと神様しか知らないだろう。</div><div>　ともあれ、2021年の4月10日、僕は上司に直談判して奪い取った休日を利用して (土日に休みが取れない仕事だってある) 車を走らせ、酒々井とかいうこの世の果てまで辿り着いた (神様はなんだってまたこんな土地を造り給うたんだ？) そこで僕は彼と数年ぶりに再会し、メイソン式握手を交――わさなかった。コロナウイルスのせいだ。</div><div>　だけど、サバゲーの会は素晴らしかった。主旨は「サバイバルゲームの傍ら、デイキャンプをする」というもので、僕はそのどちらにもある程度の知識があった。サバゲーはともかく、僕の知っている「キャンプ」が独り惨めにアルコールストーブで飯盒の中の内容物を掻き混ぜ、その成果物を右の靴下に挟んでいたスプーンで掻き取って口に運ぶだけのイベントだと勘違いしていたにしろ、それでも非常に有意義な一日を過ごした。その時、僕は荷物の中に特定小電力無線機を持ち込んでいて、これは彼も同じく持参していた装備だった。サバゲーはある程度離れたチームへ同時にゲームの進行などの指示を出す必要があって、無線機の役割がとても大きいのだけれど、これを僕が持っている事が幸いしたのだと思う。「ヤネクさんは黄色チームの統制をお願いします」彼はそう言って僕を頼ってくれた。</div><div>　サバゲーの会は順調に進んだ――と思う。昼食の時間、バーベキューグリルなどを持ち込んで豪勢な料理をこしらえた人たちが居たにも関わらず、僕がアルコールストーブと飯盒でこしらえた「S.O.S.」を (今だから暴露しちまおう。「S.O.S.」とは「屋根板に乗った糞」の意味だ。見た目がそうだから) 彼は試食してくれた。彼はそれを称賛し、僕はそれを真面目に受け取りはしなかったけれど、そうして他人の気持ちを慮る彼の態度にひどく心を動かされた。</div><div>　会は好調のうちに終わり、彼はいつか近いうちに再びサバゲーあるいはデイキャンプの会を催したいと表明して、僕らは解散した。僕個人の話になるけれど、5年ぶりに復帰したサバイバルゲームに於いて、そうまんざらでもない働きが出来た事に対して、おれもまだそんな年寄りじゃないぞ―&mdash;なんて自惚れたりもした。<br />
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</div><div>　ここから先を書くのは忍びない。</div><div>　だけど、書かなければ――書かなくても、彼は許してくれるかもしれない。でも、僕は僕自身を許さないだろう。</div><div>　2021年の4月13日だったと思うけれど、僕は当時酔っぱらっていて (市井の人とは違うスケジュールで仕事をしているから、酔っぱらう時間も非常識だ) 、最初はそのTwitterのダイレクトメールに気が付かなった。ようやくそれに気付いて携帯電話を見たとき、そこにはこんな文面があった。</div><div>「まさるさんが今朝お亡くなりになられたそうです」</div><div>　僕は酔っていた。それに、酔っていなくても、そんな事を即座に理解し、受け入れる事なんて出来たとは思えない。素面だったらどんな衝撃を受けていたか、想像すらできない。</div><div>　僕はそれに返信した。「神様」　それ以外に言葉が出るだろうか？　3日前には酒々井のド田舎で元気に走り回っていたのに。</div><div>　実際、それからの僕の行動はちょっとおかしくなる。正常性バイアスが僕の行動をほとんど支配し、Twitterに投稿するツイートは普段通り、馬鹿馬鹿しい内容を心掛けた (これには細心の注意を払ったつもりだ。今までで最高のくだらないツイートだったに違いない) 職場では普段通り振舞った (ネット上の知り合いの訃報？　お前の現実世界に影響する訳じゃなかろうが！)　神様からは返信がなかった (最後に教会へ行ったのは2006年だ) どうにもやりきれなくて、僕はついに仮の同居人に相談した。「ネット上の知り合いに過ぎないし、実際に会った事も数度しかないし、だいいち彼の本名も知らない。なのに、なんだってこんなに僕は動揺しているんだろう？」</div><div>　彼女は目ン玉をぐるりと回して、答えた。「会って確かめたら？」</div><div>　僕には勇気がなかった。それに仕事があった。だいいち彼の葬儀がいつどこで執り行われるか知らなかった (これに関しては、Twitterの親切なフォロワーさんがのちに教えてくれた――彼らに神様のご加護がありますように！) そんな状態で一週間を過ごしながら、僕はどうにもヘンテコな心理状態のままでいた。</div><div>　「またお会いしましょう」と彼はのたまった。またお会いしましょう。なんてこった。もう会えないのに――大嘘つきめが。そして4月19日を迎えた。彼の通夜の予定だった。僕は事前にTwitterを介して「参加できない」と伝えていた。そして、現実世界の仕事に精を出そうとして、この日もあくせく働いていた。</div><div>　そんなときだった。彼以外に「大嘘つき」がもう一人、現れた。</div><div>　その日面談予定だった僕のクライアントが「予定が合わないので後日改めて」と連絡を寄越したのだった。</div><div>　「おまえのかあちゃん&hellip;&hellip;」僕は最後まで言い切らずに電話を切った。そして、僕の上司のデスクに駆け寄って、ここには書けないような理由を並べ立てて午後の半休を奪い取った。それだけでは満足せず、僕はさらに総務部へと足を延ばし、軽く身体的脅威を仄めかしながら社有車の貸し出し許可を申請し(様式は全部事後だ、分かってるよな？　うん？)、自分のロッカーから「礼服キット」を取り出すと、すぐに通夜の会場へと車を走らせた。</div><div>　何が僕をこんな行動に走らせたのか、どうして職場の上司や同僚にまくし立ててまで通夜に参加しようと思ったのか？　答えは簡単だった。「またお会いしましょう」彼はのたまった。だからまたお会いするのだ。彼は約束を破らなかった。彼に約束を破らせるような事があってはならない。僕は彼と最後にもう一度会わなければならない。彼は嘘つきなんかじゃない。</div><div>　3時間ほど車を走らせて、斎場へと到着した。途中でコンビニへと寄り、香典袋を買い、レジのアルバイトの男の子を脅して「この札をやる、だからレジスターの中からできるだけ皺くちゃの札を俺に寄越せ」と詰め寄る事も忘れなかった。そして、彼と最後に出会う場所となる斎場へと到着したのは、通夜の始まる10分前だった。</div><div>　式は、僕の今まで経験した通夜と同じように進んだ。結婚式と通夜の違いは、サプライズが無い事だ。彼は死んでいた――そして、生き返らなかった。</div><div>　僕は認めたくないのだけれど、この時、僕はなんだかよく分からない液体が下瞼から滲み出てくるのを感じた。右手はポケットのばっちいハンカチに伸びた――誰もこれを見ていなかった事を願う。僕はタフで無名なチベットスナギツネだ。泣いている姿なんて見られたくない。</div><div>　だけど、僕は何が自分に涙を溢れさせたのか、はっきりと知っていた。それは悲しみではない。僕は悲しみを感じるほど、彼を知らない。それに、その日その斎場に並んだ人々よりも自分が大きな悲しみを抱えているなどと自惚れるほど、自己愛に満ちてもいない。</div><div>　ただ、惜しくてたまらなかった。</div><div>　僕と趣味を同じくする男――ガールズ&amp;パンツァー、モンティ・パイソンズ、『女王陛下のユリシーズ号』、『シンドラーのリスト』、サバゲー、キャンプ&hellip;&hellip; 僕と同じ鋳型から作られた男。神様が同じ鋳型から造り給うた男 (神様は後に鋳型を壊してしてしまったに相違ない。償却というやつだ) ―&mdash;これほどの知識、諧謔、才能を備えた男――それが棺の中に横たわって、二度と起き上がる事が無いという事実を、考える事さえ僕には耐えられないのだ。彼はもう「メイソン式握手」を僕とは交わしてくれない。</div><div>　参列者と言葉を交わした後、僕は斎場を後にした。僕にはまだ重要な使命が残っている――総務を脅して借り出した社有車を会社に戻さなければならない。<br />
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</div><div>　この話にオチはない。</div><div>　彼の、彼との記憶を文字に残そうとして、急いでタイプした。</div><div>　それでも、最後に、僕は願わずにはいられない。<br />
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</div><div>　彼と関わりのあった人々、今回の悲劇に泣く人々――その悲しみがいつか癒えて、彼との美しい思い出だけが彼らの心にいつまでも残る事を。　</div>]]> 
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    <published>2015-11-02T01:30:46+09:00</published> 
    <updated>2015-11-02T01:30:46+09:00</updated> 
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    <title>買う為の言い訳を見つけろ</title>
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      <![CDATA[<div>　自動車事故の話になる。</div><div>　あんまり書きたいとは思わない話題だけれど、一人のドライバーとしてこうした問題から目を逸らす事は出来ない。ある損保会社のアンケート調査によれば、自分が被害者となったケースも含めると、実に3人に2人の割合で自動車事故に巻き込まれているという驚くべきデータもあるのだ。警察庁のデータは2014年の1月末までに、一日平均して1,565件の交通事故があった事を示しているし、いつ自分が当事者となるかは分からない。</div><div>　僕のミラジーノも、中古で買ってから5年ほどは幸運に恵まれて壊れもせず無事に走り続けてきたのだが、如何せん経年劣化というものは恐ろしいもので、あちこちガタが来ていた事は否めなかった。エンジンは好調でも足回りはガタガタだったし、エアコンなどはおそらくコンプレッサーが異音を発していた。「次は何処を直そうかな」と思案に暮れながら走っていた時、事件は起きた。アクセルペダルが戻らなくなったのだ。</div><div>　国道を50km/hほどで走っている時、ふとアクセルを緩めようと足を上げると、普段なら感じられるスプリングのテンションが感じられなくなった。そして回転計を見ると、普段なら1600回転くらいまでゆっくりと下がる筈の針が2000回転を示したまま頑として動かないのである。嫌な予感と共に、アクセルペダルの下に爪先を突っ込んで持ち上げてみたり、軽く横から小突いてみたりした結果、僕は「理由は不明だがスロットルバルブが閉まらなくなった」という結論に達した。</div><div>　ブレーキが利かなくなった場合の対処はいくらでもある。だが、アクセルが戻らなくなった場合の対処というのは、恥ずかしい事に僕はそれまで想像したこともなかった。一瞬だけ、セレクターをニュートラルに入れれば駆動系と出力が切れるのではないかと思い至ったのだが、スロットルバルブが閉まらないままニュートラルに入れた場合、どこまでエンジンの回転が上がるか分かったものではなかった。しかもなお悪い事に、大抵の車はスロットルが開いている時にはブレーキのブースターが上手く作動しなくなるのである。</div><div>　とりあえずハザードランプを点灯させ、アクセルが戻らなくなったデス・トラップに乗りながら、僕は死を覚悟するというよりは、これからどうやってクルマを停めてJAFあたりに連絡し、いつものディーラーに駆け込むかという事を考えていたと思う。時計が4時12分を指していた事を覚えている。JAFも忙しいだろうが、これからどこかでクルマを停止させ、連絡や手続きなどを経て運び込むまではおそらくディーラーも営業時間内であろう――と、そんな訳の分からない心配をしていた。</div><div>　冒頭で自動車事故の話を持ち出したから、読者諸氏はここで僕が盛大にガードレールないし先行車に衝突し、あわよくば僕が死亡する事を期待するかもしれない。だが、そうはならなかった。最終的には、僕はブレーキブースターに頼らず自力でブレーキペダルを踏み込み、ATフルードが沸騰するのも構わずに減速させ、路側帯で無理矢理停車させる事で落ち着いた。セレクターを一気にパーキングレンジまで押し込むと、駆動系から離れたエンジンが猛るように回転を上げたが、すぐさま僕はエンジンを切った。奇跡的に他の車を巻き込む事もなかったし、僕のクルマをどこかにぶつけるという事もなかった。</div><div>　JAFに連絡しつつ、僕はボンネットを開けてスロットルバルブを点検した。明らかに閉じていない。「自走は無理ですね。エンジン掛けたら吹けっぱなしになるでしょう」 JAFの担当者は「この野郎、生意気にも知ったような口を利きやがって」と思ったかもしれないけど、とりあえずは積載車を手配してくれる事になった。</div><div>　ディーラーは僕のクルマと、それを載せた積載車を快く迎えてくれた。そしてすぐさまピットに導き入れると、ものの数分で僕の車に起きた異常の原因を突き止めてくれた――純正交換タイプのエアクリーナーのシーリングであるフェルトが剥がれ、エアクリボックス内部に脱落し、それがエアフローに乗って吸い込まれた挙句、スロットルバルブに噛んだのだった。</div><div>　ある意味では、僕のミラジーノはまだ幸運な車だった。スロットルバルブに引っ掛からずに通過した場合、もしかしたら燃焼室手前まで吸い込まれていたかもしれないのだ。しかし、シーリングが脱落した原因は不明のままだった。僅か数週間前に受けた12ヶ月点検の際に、エアクリーナーを外して軽く清掃して貰ったのは確かだが、取り付け直す際にミスがあったかどうかは断定できなかった。なにしろ社外品を使っていたのだから、責任のほとんどは僕にあった。</div><div>　危うく大事故になりかねない事件だったのだが、結局はディーラーやメーカーの方で対応できるような話ではなかった。そもそも僕が手に入れた社外品のエアクリーナー自体、出自が分からないのだから話の捻じ込みようがない。おそらくマレーシアあたりで適当に製造された、プロデュア・クリサ用か何かだったのだろう。その後、エアクリはダイハツ純正品に替えたのだが、それまで着けていた社外品とは若干の寸法の誤差があった事が判明した。</div><div>　その頃から、それまで大切に乗ってきた自動車ではあったのだが、どことなく魅力が翳って見えるようになってきた。いずれにせよ幸運なクルマではある――僕はこうして生きているのだから。だが、12年目にして様々な不具合が出てきているのは確実だった。足元と正面の風向切替機能が怪しくなりつつあるダイヤルを眺めながら、僕はこのクルマが持っている幸運のうち、あとどれだけが残っているのだろう、と考えた。縁起でもない言い方をするようだが、幸運とはある程度の総量が予め決められているのである。何かある度に、それは少しずつ減ってゆく。サイコロの6の目を何度も連続して出せないように、いつかは幸運が枯れて尽きる瞬間が来るのである。</div><div>　そして、その瞬間は案外早く来てしまった。あっさりと。そして突然に。</div><div>　ここでようやく、事故の話になる。僕の車が遂に事故に巻き込まれたのだ。</div><div>　「巻き込まれた」というのは正確ではないかもしれない。正しくは、僕が乗った車が信号待ちをしている時に、後ろから突然突っ込まれたのだった。</div><div>　衝撃が車内を揺るがした直後、僕の左手は冷静にサイドブレーキを引き、ハザードスイッチを叩き、そしてセレクターをパーキングレンジに入れ――そして、助手席側についているドライブレコーダーがしっかりと作動している事を確認して、ボタンを操作して当該記録データが上書きされないようにした。こういう時、人間は奇妙にも冷静な行動をとるようになるというが、その時の僕にとって「事故」はあまりにも身近な概念であり過ぎた。僕は自分の心配と、これから起こるであろう保険の交渉について憂鬱な想いを巡らせながら、警察に連絡し、その場の後処理を出来る限り誠実に努めようとした。</div><div>　事故の後処理については、別段書く事もない。僕はとりあえず、傷付いた愛車を走らせて馴染のディーラーに入庫して、板金修理の見積もりを依頼した。ディーラーの担当者は、僕の受けた不幸な事故とその損害について同情を寄せると言い、その20分後には次の車を買う算段について話を進めていた。</div><div>　営業担当者の商魂に圧倒されたというと不適切だろうが、僕は実際のところ「今のクルマに何かあったら、新しいクルマを買おう」と決めていたのだった。平成15年登録の自動車が、たとえ最高のメンテナンスを受けていたとしても、これから先も最高のパフォーマンスを発揮してくれるとは信じられなかったのもある。だいいち、税金が増額になってしまう。もしも事故に遭わなくても、直そうと思っていた箇所が500カ所くらいある。それを考えると、これを機会と新車に乗り換えるという選択肢は、充分に考慮するに値した。</div><div>　当初、僕は新しいクルマにミラココアを想定していた。別にミラココアに惹かれるところがあった訳ではないが、ミラジーノから乗り換えるとしたら、丸目ヘッドライトやそのクラシカルで、どこかチャーミングなデザインは魅力的であった。ダイハツのディーラーもそれに同意して、順調に見積書を作成していたものの――僕が望むボディカラーが無い事から、計画は大きく修正を迫られる事になった。</div><div>　ミラココアには、なんとシルバー系のボディカラーが設定されていなかったのだ。そもそもパステルカラーが基調の車種らしく、僕が考える理想の色――傷がついても目立たず、中古で売る際には値段が高くつく色――が、パールホワイト以外になかったのである。苦笑いをする営業担当者に、僕は吐き捨てるようにして言った。</div><div>「誰が、白なんて、乗るんだ」</div><div>　思わず、僕の声帯にはウィリアム・シャトナーが宿っていた。「いずれ、水垢が、落ちなくなる&hellip;&hellip;色なのに」</div><div>　とはいえ、特注でシルバーに塗装してもらう訳にもいかなかった。さりとて昨今のダイハツが推すような「トールワゴン」みたいな軽自動車にも興味はなかった。いっそのこと、トヨタあたりのディーラーに出向いて普通自動車でも買えばよかったのかもしれないが、そうする事は僕の懐事情が許さなかった。何より、仮の同居人は自動車に関して、おそろしくシンプルな哲学の持ち主だった。「660cc、4人乗り、タイヤが4つ。それで充分」</div><div>　乗り換えの計画がボディカラーという些末な問題によって頓挫した後、ダイハツの営業は僕を親身になって慰めてくれた。そして、その時だった。彼から、ダイハツが鋭意開発中であるという、新車種の噂を聞いたのは。それによれば、ダイハツはかつてのミラジーノの後継車種となり得るクルマを開発中であり、2015年の後半にはデビューするという話だった。</div><div>　未だ社外秘だというそのクルマは、既に先行予約を開始しているという。――待てよ、どうして外には漏れない筈の新車のことを顧客が知っていて、それに発売前から予約をするなんて事が起こるんだろう？　それまでの人生で新車を買った事のない僕にはさっぱり分からなかったが、とにかくも僕はそれから数日後には、まだ形さえ定かには分からない軽自動車を予約していた。よくもまあ、僕にそれだけのお金があったものだと思う。</div><div>　仮の同居人は、この件に関しては少なくとも僕自身の買い物なので、一切の異論を差し挟まなかった。</div><div>「お金持ちみたいだね。発売前に新車を気前よく予約だなんて」</div><div>　そう言って、仮の同居人は笑った。僕も調子を合わせて笑った。</div><div>「どんな車？」</div><div>　僕は説明できなかった。何しろディーラーが持たせてくれるような資料など、その時点では何も無かったのだ。とにかく僕は「ミラジーノと同じで、ミニに似てる」とだけ答えたような覚えがある。</div><div>　世界は回る。僕は仮の仕事に汗を流しながら、同時に保険会社との交渉に明け暮れ、それと同時に定期預金を移したりと忙しく過ごした。そしてある日、ダイハツが公式に新型軽自動車『キャスト』を発表したというニュースを目にした。</div><div>　それこそが、僕が予約したクルマだった。キャスト・スタイル。僕の新しいクルマ。</div><div>　ミラジーノには似ていなかったが、ミニには似ていた。BMWが生産するようになった、新型ミニの方に。というより、それまでのダイハツ車のどれにも似ていなかった。敢えて他に似ているクルマを挙げるとしたら、ホンダのN-ONEだろうか。随所にN-ONEのエッセンスが含まれているような気がした。いや、間違いない、これはN-ONEだ。だってフューエルリッドが丸いんだから。</div><div>　分娩室で初めて対面した自分の子供が、まるで自分に似ていない事に気付いた夫のような気分になりつつも、僕はキャストのデザインになんとかダイハツの独創性を見出そうと苦心していた。常に心がけるようにしているのだが、いい齢をした大人なら欠点ばかりあげつらうのではなく、良い面を探し出すようにしなければならない。悪い所は他人がすぐに見つけ出してくれる。</div><div>　外見的には、なんとか2代目ミラジーノの面影を探し出す事が出来た。昨今の軽自動車にありがちな過剰な全高も、運転席からは見えないくらい短いボンネットも、キャストにはない。特にボンネットの長さは重要だと思う。いつかは街路樹に突っ込む日が来るのだから、衝撃緩衝帯としてのボンネットは長く、そしてエンジンルームは膝から離れた位置にある事が望ましい。</div><div>　内装は、恥ずかしい話なのだがほとんどよく分からなかった。ハンドブレーキが無い事にまず戸惑ったし、キー差込口が無くてボタンを押すとエンジンがスタートするというギミックにも迷った。カップホルダーはエアコンルーバーに取り付ける方式の物を買わなくても、既に四人分が用意されている。インジケーターストークは昔のように倒れたままではなく一度操作すると定位置に自動復帰するし、それでいてその感触にはプリウスのセレクターレバーのような貧弱さがこれっぽちもない。運転席のパワーウインドウの集中スイッチもあと5年はおそらく壊れないだろうという確信があった。これらの素晴らしいギミックに囲まれながら、しかしミラジーノから乗り換えるという僕のような中年男性にとって、それらは未知の機能ばかりだった。それでも、ステアリングホイールの奥に佇む二眼式メーターパネルと、それに挟まれるようにして配置されたインフォメーションパネルの素晴らしさは、僕にだって分かった。どことなくアウディ風ではあったが、これ以上ないくらいスタイリッシュに見る。エンジンを掛け、パネルに灯が点り、薄く光る針が一度右端まで回転してからゆっくりと左端まで戻るのを見た瞬間、僕はキャストがどれだけN-ONEや、或いはスズキ・ハスラーに似ていても許そうと思った。どうせ外観などは乗っている本人には見えないのだ。本人に見えるのはこの素晴らしいメーターパネルだ。回転計と速度計、時計。それに外気温や燃料計、トリップメーター、アイドリングストップ時間累計――これらの配置のバランスには美しささえ感じてしまう。ただし、それらの情報を管理し操作する為のボタンが、何故か4つも付いている事に気付くまでだが。昔はトリップメーターの切り替え、リセットのみに使っていたボタンが、これが4本も突き出ているのはなんだか気味が悪い。</div><div>　ようやく試乗できる機会が巡って来て、既に購入契約を結んだ後ではあったのだが、ためしにちょっとしたドライブをさせてもらった。今までのミラジーノにはなかった機能が目白押しの新車であるから、僕は少しでもそれに慣れておく必要があると思ったのである。何を大袈裟な、たかがオートマチック車じゃないか、ただ踏むだけだろう――読者諸氏がそう思われるのも無理はないと思う。僕もそう思っていた。</div><div>　だが、現実は違っていた。初めて体験するCVTは、エンジン回転数と関連があると信じる事が難しい加速特性で僕を恐怖のドン底に叩き込み、アイドリングストップ機能は突然のエンジントラブルを連想させて僕を怯えさせた。ABSもしばらくご無沙汰の機能だったので、ついポンピングブレーキを多用してしまい、せっかく作動しかけた停止前アイドリングストップ機能をキャンセルさせてしまった。それは例えるならば、ブリヂストンの商用車しか知らない人間が突如としてロードバイクを与えられたようなものだった。走る為のツールであるのは分かる。だが、特性も操作も異なる。</div><div>　勿論、自転車と同じで、車種独特のギミックに慣れてしまえば、運転そのものは楽しかった。『キャスト』には2014年のムーヴと同じく剛性を増したフレームが採用されていて、足回りのセッティングも改良されているという話だったが、正直その違いは分からなかった。それでもステアリングの応答性は悪くないし、いくら穿き古したズボンの腰のゴムみたいな感触のCVTといえども、加速性能はそれなりに良かった。以前のミラジーノみたいな「いかにも機械としてのクルマ」みたいな懐古趣味的な味付けを求めなければ、非常に乗り易いクルマと言える。それに、ハンドルに付けられた「PWR」と書かれたボタンを押し込めば、燃費性能などクソ喰らえと言わんばかりのリニアなアクセルレスポンスに早変わりするという、ちょっと楽しいオマケまで付いている。</div><div>　欠点がないとは言えない。ラッピングフィルムで無理矢理ツートンカラーに仕立て上げられたルーフはいつか剥離する可能性を孕んでいるし、独特のエンボスっぽい表面処理はコーティング等の施工を困難にさせるであろう事を容易に想像させた。フィルムのエッジの処理もあまり格好よくない。まるで二日酔いのある朝、僕が貼ったみたいだった。曲率がキツすぎて距離感が掴み辛いミラーは慣れないうちは気持ちが悪くなりそうだし、これは実際に納車した後の洗車中に判明したのだが、シートや内装の一部に用いられているファブリックは容易に水分を吸収した。衝突被害軽減ブレーキシステム「スマートアシスト」はどうやら気まぐれに警告音を発しているようだし、LEDのヘッドランプは従来のハロゲンに比べて薄暮時の視認性に欠ける印象がある。</div><div>　キャストは完璧なクルマではないのだろう。最近の軽自動車とは一線を画した低重心なデザインをしてはいるが、中身はシンプルとは程遠い。複雑な機能を備えているのが悪い事だとは言わないが、使いこなせる人間でなければ無意味だ。おそらく安くはない金額を投じて装備されたであろうアイドリングストップ機能を、乗り込むたびにわざわざ専用のスイッチを押して解除する、僕のような人間が乗る場合は特にそう思う。いや、意味はあるか。エコカー扱いだから税金が安くなる。</div><div>　これを書いている最中、数ある軽自動車の中から敢えてキャストを選んだ理由が、僕には分からなくなってきた。僕の場合、ミラジーノの遺伝子を受け継いでいるだろうというのがその一つだったのだが、実際に乗ってみるとミラジーノには似ていない。それに、装備や各種機能は他のメーカー、他のモデルでも用意されているものばかりだ。自問してみよう――本当にキャストで良かったのだろうか？</div><div>　僕の答えは勿論イエスだ。</div><div>　キャストを選ばない理由など、何処にもないのだから。</div>]]> 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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2014-04-01T23:31:51+09:00</published> 
    <updated>2014-04-01T23:31:51+09:00</updated> 
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    <title>Luminox、恐縮だが金を返してくれ</title>
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      <![CDATA[<div>　ルミノックスという時計メーカーがある。</div><div>　どんな時計を作るか、それを一言で説明するのは難しいけれど、要は「文字盤に放射性蛍光物質を用いて、暗闇でも視認できる時計を作るメーカー」とでも言おうか。蓄光物質のように光を当てる必要もなく、数年に亘って自ら発光し続けてくれる、普通の人間にはあまり益のないように思えるギミックが備わっているモデルを多数作っている。普通の人間には、だけれど。</div><div>　ルミノックスは、自社製品が米海軍特殊部隊に採用されている事で有名である。つまり、僕のようなミリタリーマニアであれば、それを着用する事で幾許かの英雄願望を満足させる事が出来るというわけだ。</div><div>　だから僕も、ルミノックス製品をしばらく愛用していた。3050という素っ気ない型番も、時計とカレンダー機能しか付いていない簡素な仕様も、これが軍用レベルの時計であるという先入観を以ってしてみれば、途端に「質実剛健」という言葉に化けるから不思議なものだった。何に使うのか未だに分からない回転ベゼルとか、何で出来てるのか分からない程軽量なケースがもたらす不思議と軽い装着感も、別に気にならなかった。</div><div>　しかし、1年ほど使い続けたある日、突然ベルトが切れた。突然ではなかったかもしれない。もしかしたら微細な亀裂が生じていて、それが徐々に広がっていったのかもしれないが、とにかくブチンと切れた事には間違いが無い。米海軍特殊部隊に採用される程の時計のベルトが、こんなに簡単に千切れるとは思っていなかった。もしかしたら僕が滅多に腕時計を外さず、ほとんど24時間も着けたままで生活する習慣の持ち主であった事も影響しているのかもしれないが、あまりに早すぎる破損だった。即座に代理店に電話をしようと思ったのだけれど、生憎と僕の買ったモデルは正規代理店を通して購入しておらず、おまけに購入当時に付属していたワランティカードは行方が分からなくなって久しかった。ベルトは辛うじて交換可能なタイプだったものの、純正交換品はベルトだけで6,000円以上もの値段が付いていた。誰がそんな金額に納得が出来るというのか？　どうせもう1年も使ったらまた切れるかも知れないのに。</div><div>　同じ6,000円を使うなら、僕にはもっとマトモな使い道がある。それはカシオのDW-5600Eを買う事だ。</div><div>　DW-5600Eは俗に「G-SHOCK」と呼ばれる製品の中でも、最もベーシックなモデルだと思う。ソーラーパネルも付いていないし、いわゆるG-SHOCK的な甲冑の様に重厚なベゼルも持たないが、かつて僕が使ってきた中でも、時計としての機能を喪失した事は一度たりともない。電池の消耗も比較的遅い。どれくらい遅いかというと、「DW-5600Eは平均して○年で電池が無くなります」という客観的なレビューがほぼ存在しない程だ。</div><div>　僕はルミノックスを購入する遥か以前にも、DW-5600Eを愛用していた。これはベルトが切れる事もなく、ベゼルの角は擦れてツルツルになり、ベルトはテカテカと輝く程に使い込まれていったのだが、それでも頑固に動作し続け、防水性や耐衝撃性は最後まで衰える事がなかった。おまけに「G-SHOCK」という名称が似合わない程に軽量かつ小型のボディのおかげで、ワイシャツなどを着ていてもカフスに引っかかる事がなく、機械類の整備に携わる人間であっても、これが狭い隙間に手を差し込んだ時に引っかかる事はほとんどない。万が一引っかかっても、その衝撃で壊れる事はない。</div><div>　ルミノックスのベルトが切れて、その貧弱さに幻滅した今、僕は再びそのDW-5600Eを手にした。これは今まで持っていた物ではなくて、新たに購入したものだ。以前所持していたモデルは紛失してしまった。何故だか分からないけれど、僕はいろんな物を魔法の様に失くしてしまう事がままある。実際に魔法使いなのかもしれない。</div><div>　ともあれ、これが人生で2回目に持った5600だけれど、仕様は全く変わっていなかった。厳密には逆輸入モデルなので、細部のマーキング等が異なる筈なのだが、気にしたことがない。どれほど昔のまま変わらないかといえば、世界中の言語で書かれたロゼッタストーンのような取扱説明書をめくるまでもなく、時刻合わせやカレンダーの設定が出来た程だった。</div><div>　デジタル時計としては必要最低限の機能しかないものの、僕の必要とする機能は全て備えている。いや、むしろそれ以上か。ストップウォッチのスプリットタイム機能の使い方は、僕には未だに理解できないし、使い道も思いつかない。カレンダーは全自動で曜日まで導き出してくれるし、盤面はルミノックスのように自然発光したりはしないけれど、ELバックライトがボタン一つで光り出す。ソーラー発電や電波時刻合わせといったギミックを持ち合わせた5600の同系も最近発売されたらしいが、少しばかり高価だったので、僕にはやはりシンプルなDW-5600がいちばんしっくりくる。コストパフォーマンスという点に於いて、ここまで優れた腕時計はF91Wを除いて他に知らない。</div><div>　久しぶりに腕に嵌めたDW-5600は驚くほどしっくりと来て、僕の手首にぴったりと収まった。ルミノックスよりも若干軽く感じられるし、何より厚みが無いのが大きなポイントだと思う。そして、やはり価格という面からも僕の心理的負担は大きく軽減されている筈だ。ルミノックスはどんなに安いモデルでも数万円はする。米海軍特殊部隊が採用したモデルとは言え、それだけの腕時計をハードに使い倒すのには勇気が要る。そして、実際に僕のルミノックスは、ちょっとハードな使用が祟ってベルトが千切れてしまった。</div><div>　一方、DW-5600は――実を言うと逆輸入モデルなのだが――6,000円もあれば購入可能だから、そこまで扱いに神経質にならなくて済む。というよりも、神経質に扱われる事を、おそらくこの腕時計は求めていない。何しろ「G-SHOCK」なのだから。その名を冠した腕時計のうち、最もベーシックなモデルだからといって、その耐久性が他と比べて劣るという訳ではないだろう。</div><div>　先にも書いた通り、僕は普段から腕時計を外す事があまりない。寝てる時でも、たとえば夜中に尿意を催してトイレに立った時など、ふと腕時計に目をやる事がある。着けていないとなんだか裸になったような居心地の悪さを感じるのだ。そして、今回手に入れたDW-5600も、これからずっと僕の手首に着けていくつもりだ。きっと惜しくもベルトが切れてしまった今までのルミノックスのように、もしくはそれ以上の働きぶりを発揮してくれる事と思う。</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2014-01-11T00:01:12+09:00</published> 
    <updated>2014-01-11T00:01:12+09:00</updated> 
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    <title>人気度で言えば、きっと「エアマックス」以下</title>
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      <![CDATA[<div>　イメルダ・マルコスというご婦人が、かつて存在した。</div><div>　――いや、厳密に言うと今も生きているから、「存在した」という言い方はおかしいかもしれない。かつて独裁体制が敷かれていた頃のフィリピンの大統領の嫁で、自らとその側近で権力を私して腐り切った政治を執り行った、まことパワフルな女性である。もちろんフィリピン国民の反感を買わないわけがなく、結局は共産主義国家の支援を受けたグループによる人民により革命を起こされ、夫ともども国外へと亡命した。その嫁の腐敗ぶりを物語る有名なエピソードとして、革命後に主の居なくなった宮殿には数千足もの高級靴が残されていた、というものがある。</div><div>　僕も最近、靴を一揃い買った。おそらくイメルダ女史が所有していたコレクションのうちで最も安い物よりも安く、最もダサい外見のモデルよりもさらにダサいだろう。米国ベイツ製の『デルタIIスポーツ』だ。様々なカラーバリエーションが存在しているが、今回手に入れたのはコヨーテブラウン色。</div><div>　僕にとって、これでベイツの靴は二足目になる。2年ほど前から愛用している『デルタ6』は法執行機関による使用をアピールするだけあってヘビーデューティーな造りだったが、『デルタIIスポーツ』はどちらかというと普通のスニーカーに近い構造になっている。外見的にもこれ見よがしに分厚く巨大なソールなどはなりを潜め、代わりに日常生活により溶け込むデザインが特徴と言える。もっと言えば、特徴がないのが特徴かもしれない。</div><div>　だがこのパッとしない運動靴モドキが、実際には様々な工夫と機能に満ち溢れている事は、履いてみればすぐに気付く。一般的な靴よりも厚い靴底は適度なクッション性を発揮して、着用者の足を保護する。爪先やサイドは何か固い芯のような物が入っているのか、型崩れを起こさず、爪先にぎゅっと力を込めても靴全体がしなってしまう事がない。徒競走でもやるなら別だが、僕はこれくらい固い靴の方が好みだ。地面を蹴る時の力の入り方が違う。速くは走れないかもしれないが、しっかりと歩く事は出来るだろう。</div><div>　インソールの下にはベイツが特許を持っているという「I.C.S.」というシステムが隠されている。Individual Comfort Systemの略だそうだ。インソールを持ち上げてみると、ソルボセインに似た素材で出来たクラウンギア状のディスクが出てきて、その下の靴底に接する箇所にはディスクが嵌合するよう、同じくクラウンギア状に窪んだ部分がある。ぷにぷにしたディスクは着地の衝撃を和らげるだけでなく、厚みが均一ではなく緩やかに傾斜しているため、嵌合させる山をずらして装着する事で着用者に最適な踵のフィーリングを設定する事が出来る。ディスクの最も分厚い部分を後ろに寄せれば踵に対する衝撃は最小限になるし、逆に一番前を分厚くセットすれば、土踏まず側へのサポートが得られる。横にすればO脚やX脚に対して効果があるかもしれない。</div><div>　どうやら『デルタIIスポーツ』には金属製の部品が一切使われていないようだ。靴紐を通すアイレットまでが樹脂で出来ている。何の意味があるのかサッパリ分からないが、きっとアメリカ合衆国には15mおきに金属探知機があって、いちいち金属ハトメやジッパーの付いた靴など履いていられないのかもしれない。</div><div>　履き心地は、まぁ、慣れるまでは不快かもしれない。米国人の足に合わせて作られているから、やや幅が狭く感じる。甲のあたりもちょっと窮屈だ。だが、これはある程度履いているうちに馴染んでくるので、今は我慢の時だろう。少なくとも極端に歩きづらいとか、足が痛くなるなどといった事は無い。</div><div>　靴底の独特なパターンは非常に強力なグリップを提供してくれる上に、小石や砂が詰まる事が少ないように設計されている。パターンの刻みは『デルタ6』などに比べれば明らかに浅く、耐摩耗性には疑問が残るが、あくまでタウンユースの靴である事を考えれば問題にならないだろう。往来でムーンウォークをしようなどと考えなければ、1年や2年は履き続けられそうだ。</div><div>　『デルタIIスポーツ』は非常にパフォーマンスの高い靴と言えるだろうが、欠点もある。僕の個体に限った話かもしれないが、同じ7サイズを買った『デルタ6』に比べてインソールが小さく、爪先がややインソールからはみ出して、靴のインナーとインソールの僅かな隙間に埋まる感じがするのだ。靴そのもののサイズは適正のようだから、社外品のカップインソールでも買ってきて換装すべきだろうか。それに、ジッパーで開閉できないのも僕には辛い。靴紐を緩くセットしておけば靴べら一本でスムーズに履けるだろうが、そんなだらしない履き方をするには勿体ない靴だ。足にピッタリするよう編上げてこそ威力を発揮する靴だ。その点、『デルタ6』などのモデルはしっかりとした靴紐の編上げを維持したまま、ジッパーひとつで簡単に着脱できた。普段履きにはそんな機能なんぞ必要ない、という向きもあるかもしれないが、日頃履く靴だからこそ、気軽に脱いだり履いたりする事の出来るデザインが欲しかったところだ。</div><div>　ところで、僕はそこまで靴に拘るタイプの人間ではないけれど、8インチの軍用ブーツや6インチのベイツ製ブーツなど、ミリタリーなデッカい靴をいくつか所持していて下駄箱のスペースを多く消費しているため、仮の同居人から顰蹙を買っている。実を言うと『デルタIIスポーツ』を買う事を決めた時も、中田商店のカタログを読んでた僕に気付いた彼女から「もしも今度ミリタリーシューズを買ったら、足じゃない部分に履かせてやる」とまで通告された程だ。</div><div>　だが、『デルタIIスポーツ』がミリタリーシューズであるかどうかは議論の余地があるし、だいいち僕の仮の同居人はまだこれがベイツ製の靴である事に気付いていない。多分ただのスエードの運動靴だと思ってるに違いない。ちょっと色が奇抜かもしれないが、便所サンダルと一緒に置いてあっても違和感はない。重厚感溢れる軍用ブーツが欲しくても、家族の理解が得られない人がいたら、『デルタIIスポーツ』はお勧めの一品だ。「スニーカーです」と言い張る事で、密かにミリタリーかつタクティカルな靴を所持するという喜びに浸る事が出来る。</div><div>　イメルダ・マルコス女史のような生活に憧れない訳ではないが、仮に僕が彼女のように高級な靴をやたらと蒐集する事が出来るような地位を手に入れたとしても、きっとこの『デルタIIスポーツ』だけは履き続けたいと思うに違いない。決して煌びやかでも華やかでもないし、価格だって顔が映り込むような艶の革靴なんかに比べればおそらく数分の一に過ぎないけれど、値段では言い表せない所有欲を満たしてくれる。それに靴としての機能も一流であれば、言う事はない。</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2013-12-22T00:11:20+09:00</published> 
    <updated>2013-12-22T00:11:20+09:00</updated> 
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    <title>BLACKHAWK!!!11!!!1!!!</title>
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      <![CDATA[<div>　性懲りも無く刃物の話になる。</div><div>　別に僕はナイフのオーソリティーではないし――今日、自分で台所の包丁を砥げる人間がどれだけ居るかは神のみぞ知るところだが――もし自称する事が許されるならば「ひとりぼっちのあいつ」だ。ノーウェア・マン。物理学者で古典学者で植物学者、風刺詩家でピアニストで歯医者、ヘボ詩人だ。いや、嘘だから信じないで欲しい。そのどれでもない。</div><div>　だが、数ある銃器に通暁したミリオタの中でも、加えて刃物に多少なりとも知識のある数少ない一人ではあると自負している。何しろ先の大戦で敗北を喫してからというもの、軍事の香りがするものには極端に冷たいこの日本という国に於いて、唯一「実物」を手にする事が出来るシロモノである。完動品の自動小銃を所持する事は叶わぬこの国だが、実際に物を切る事が出来る軍用ナイフを持つ事は許されている――今のところ。一昔前はフェアバーン・サイクス等のダガーも所持出来たのだが、ある事件を切っ掛けに単純所持でさえも法律で罰せられるようになってしまった。</div><div>　法律に文句を言っても仕方がない。法よりも我が優先する治世を望むならば、イランかどこかに移住すれば良いだけの話だ。今から書くナイフについても、これは全く日本国内では合法のブツで、まったく合法的に手に入れた事を強調しておきたい。</div><div>　今回手に入れたナイフは、BLACKHAWK社の「Mark I Type E」というモデルだ。本当なら「BLACKHAWK!」と感嘆符まで含めて表記するのが正しいのかもしれないが、僕たちミリオタが口にする時はだいたい「ブラックホーク」か、ブラックホーク・インダストリーの略称である「BHI」を用いる。軍用グッズの中でも、とりわけ特殊部隊御用達の品を製造する会社である。</div><div>　特殊部隊御用達、なんとも心躍るフレーズではある。だが、その製品のほとんどはアジアで製造されているし、そのクオリティについては良い噂も、悪い噂も聞かない。なんというか、個人的なイメージで言えば「パッとしないメーカー」だ。そのくせ製品の値段は若干割高に感じられる。それに、どこかで見たデザインの製品も数多く存在する。</div><div>　「Mark I Type E」も、かつては別のメーカーが製造していたデザインをそのまま踏襲した製品である。BLACKHAWK社とは別にMaster of Defenceというステキなナイフメーカーがあって、そこで作られた「CQD Mark I」というモデルがこの「Mark I Type E」の原型となっている。ただし、MoD社が製造したものが154CM鋼のブレードにエアクラフトアルミ製ハンドルを備えていたのに対して、BLACKHAWK社で製造されたモデルはAUS-8のブレードに強化樹脂製ハンドルと、若干のコストダウンの跡が見られる。おまけに、あまり使い道の思いつかないシートベルトカッターとグラスブレーカーが追加された。</div><div>　本当なら、MoDの「CQD Mark I」が欲しかったのだけれど、高価な上に現在ではプレミアが付いていたので、結局は後継モデルであるBLACKHAWK製の廉価版を買う以外に無かったのである。だが、このシートベルトカッターとグラスブレーカーについては、あまり好きになれない。どちらもニッチな需要しかない機能だ。クルマに乗っている時に運転を誤って河に飛び込んでしまい、そのまま水死しかねない所を、体を拘束するシートベルトを切り裂き窓ガラスを割って逃げ延びる、というシチュエーションしか思い浮かばないが、こんなナイフを常時クルマの中に備えておく事はないだろう。</div><div>　「常に持ち歩いていれば、別にクルマの中に常備しておかなくてもいいのでは？」と思うかもしれない。確かにそうだけれど、毎日ポケットに入れておくには少々重すぎるナイフだ。正確には測っていないけれど、多分200グラムくらいあると思う。おまけにシートベルトカッターがいつかポケットを切り裂くのではないかという不安から、気安く仕舞う事が出来ないでいる。まあ、そこそこ奥まったところにブレードがあるデザインなので、気にすることはないだろうけど。</div><div>　刃はプレーンタイプと波刃の二つから選べるが、僕が選んだのは波刃のタイプだ。AUS-8鋼は比較的リーズナブルな鋼材として知られているが、この種のナイフに使うにも十分な性能を備えていると思う。154CMとかSV30などという高級でハイパフォーマンスな鋼材を使ったナイフも素敵だけれど、そこまで体感できる程の差があるわけでもない。それに、安価な鋼材の方が砥ぎやすい場合もある。刃にはサムスタッドが付属していて、これをつまんで引っ張る事で刃が開くようになっているが、フリッパーは存在しないので、閉じた状態からヒルトを「押し出す」ような開刃は不可能になっている。まぁ、サムスタッドの設計が優れているから、特に不便を感じさせない。</div><div>　箱出しの刃付けは非常に鋭いが、これは使っているうちに自分なりのシャープさに変貌するので気にしないでおこう。ナイフの切れ味は最初の刃付けが鋭いかではなく、使い込んだあとに自分で砥ぎ直した時に、思い通りの刃が付くかどうかで判断されるべきだと思う。波刃はきちんとロープを切断できるようなエッジが立っているし、スピアポイントの先端はナイフのグリップ軸と一致しているから、操作性は決して悪くない。</div><div>　刃のロック方式はちょっと変わっていて、開かれた刃を閉じる為にはグリップ側面に付いたボタンを押し込みながら畳む必要がある。おそらくクロスボルトのような構造なのだと思うが、さらにそのボルトが不用意に押し込まれないように固定するスライドレバーまで存在する。これを作動させれば、まるでフィクスドブレードのナイフのように強固な固定が可能になる――というのがコンセプトらしい。あまり過信しない方がいいかもしれない。何といっても、結局のところフォールディングナイフは構造的に強度が弱いのは否めないのだから。</div><div>　グリップパネルは樹脂製で、その下にはステンレス製のライナーが仕込まれている。グリップ側面には親指を引っ掛ける為のスタッドが設けられていて、ナイフの刃を水平に寝かせた状態でもしっかりと握れるようにデザインされている。――でも何のために？　この鋭利なナイフを横に構えて、刃が相手の肋骨の間を通り抜け、心臓目がけて一直線に突き刺せるようになってるとでも言うのだろうか。一部のサイコパスには歓迎される機能かもしれないけれど、僕にとってはナイフの全幅を徒に増加させるだけの悪趣味極まりない仕様だ。これが無ければあと8mmは薄く設計できたろうに。</div><div>　BLACKHAWK社は何としてもこのナイフをマルチユーティリティかつ戦闘用に仕上げたかったのだろうが、僕には色々な機能を盛り込み過ぎて目的がどこかへスッ飛んでしまったようにしか見えない。グラスブレーカーは刃を閉じた状態では常に露出していて、触ると尖っていて痛いし、シートベルトカッターはいつか自分のストラップを切り裂くのではないかと不安になる。刃は比較的短い――10cmくらいしかない――から、大きな大根を切る事は出来ない。これで暴漢と戦うなんてもってのほかだ。きっと貴方がこのナイフを逆手に握ってアイスピックのように振り下ろす前に、シートベルトカッターがどこかに引っかかる。</div><div>　MoD社が製造していた頃には、グラスブレーカーやシートベルトカッターなどの機能はフィーチャーされていなかった。鋼材や品質などが優れていたという事もあるが、やはりBLACKHAWK社以前に製造されたMark Iが評価されているのは、無駄な機能を削ぎ落して極限まで「フォールディングナイフ」として特化した、そのデザインにあったのだろう。だが、こんにち手に入るMark IはBLACKHAWK社が製造した、テレビの通販番組が商品のオマケに付けるような不必要で誰も求めていない機能が盛りだくさんの折り畳みナイフだ。ついでに言えば、製造はアメリカ合衆国内ではなく台湾で行われているらしい。</div><div>　「Mark I Type E」はナイフとしての能力しか求められていなかったのに、車が水没した時に役立つかもしれない機能まで付いてきてしまった、ある意味では不幸なナイフかもしれない。「特殊部隊の装備を製造するメーカーが作ったナイフ」というレッテルに惹かれて手にする分には面白いナイフかもしれないが、じきに「待てよ&hellip;&hellip;特殊部隊にどうしてグラスブレーカーが必要なんだ？」と訝る瞬間が来る。今これを書いてる僕のように。</div><div>　一応付け加えておくと、「Mark I Type E」はナイフとして最低限の基準はクリアしていると思う。値段の割には高品質と言っても良い。だが、やはりこれを手にしたいと願うのは、「特殊部隊御用達メーカーが作ったナイフ」という浪漫に依る所が大きいだろう。世界各地の紛争を戦う男たちが手にする仕事の道具に触れて――日本では銃器を手に入れる事は叶わないが――その心を感じたいという人々にとっては、このシートベルトカッター(グラスブレーカー？)は非常に魅力的なアイテムとして映るに違いない。</div><div>　もしもコレクションとして価値を見出せるならば、「Mark I Type E」はその素質を充分に持っている。</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2013-11-13T18:33:46+09:00</published> 
    <updated>2013-11-13T18:33:46+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>僕が知る限り最も戦闘的でないデザイン</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<div>　多くの共産主義者が心の中にソヴィエトロシアを宿すように、僕の心の中にはブリトン人が住んでいる様だ。どうか「はん、西洋かぶれが」などと思わないで欲しい。ただ頭がおかしいだけだ。今では何かあると『モンティ・パイソン』を引合いに出し、時折『BBC News』を読み、「軽い飲み物」の中でも最高のものはバス・ペールエールだと信じて止まない、まさしく鼻持ちならない野郎になってしまった。</div><div>　心をブリトンに侵された副作用として、僕が持つフランスに対する印象は必然的に良くないものとなった。カエルを食べ、英語以上に綴字と発音が一致しない言語を話し、犬の糞を片付けようとしない、城塞の上から牛を投げ落とす人間たち。その美的センスに至っては、ルノーが「ムルティプラ」を本気で市場に投入した事から推して知るべし。仮の同居人は（悔しい事にフランス語が少し分かるらしい）僕の考えるフランスはフランスなどではなく、いわゆる「おフランス」だと言って僕を窘めるが、そういう彼女だって知識人たちが「フレンチ」と呼ぶところのフランス料理を食べに行こうとはしない――メニューの記載と給仕の御託が長すぎるという理由で。</div><div>　けれど、そんなフランスに由来するもので、僕がおそらく唯一愛しているものがある。オピネルだ。1890年代にSavoie（僕には発音できない）地方の鍛冶屋が開発した、この美しい木製のハンドルとシンプルなブレードを持つナイフは、少年だった頃の僕が初めて手にしたナイフであり、刃物の全てを教えてくれたと言っても過言ではない。そして、未だに愛用し続けている。</div><div>　オピネルは非常に安価で、シンプルかつ機能的な折り畳みナイフだ。人によっては「フランス流の機能美とでも言うべき素晴らしいデザインが&hellip;&hellip;」などと言うかもしれないが、そんな御大層な文句を並べなくても、一目見れば――そして強度の近視などでもなければ――それが非常に美しい物である事が分かる。木製のハンドルは一つとして同じ木目のものが存在しないし、使われる木材もまちまちだ。深みのあるウォールナット材や、場合によっては水牛の角などを加工して作られたものまである。大量生産によって作られるプロダクト・モデルではあるが、同時にそれは世界で一つだけのオピネルでもある。最近になってプラスチック製のハンドルを備えたモデルが国内でも流通し始めたけれど、僕があまり魅力を感じないのは合成素材の「個性」が感じられないからかもしれない。</div><div>　ブレードは元々はある種の炭素鋼を採用していたそうだが、ステンレス製のモデルもラインナップされている。僕が初めて手に入れたオピネルは炭素鋼の刃を持っていて、しっかりと砥ぎ上げた時の切れ味は素晴らしいものだった。ただ、それはある時に雨に濡れて錆び付かせてしまい、それからはステンレス製のものを使っている。ステンレスは若干切れ味も落ちるし、高価ではあるけれど、使いたい時に使える事が肝心だ。久しぶりに取り出してみたら錆だらけだった、という事態は避けたい。ブレード形状はクリップポイントのストレートで、刃先はグリップの中心軸とほぼ重なっている。僕はよくこのポイントを良いナイフの評価基準にしているけれど、これはナイフを使って工作をした事のある人なら分かって貰えると思う。グリップの軸と刃先がしっかり合っていないと、手指の延長として使う事が格段に難しくなる。</div><div>　グリップは先にも書いたように木製が主だが、これに関しては特に書く事もない。加工が比較的容易であることから、滑らないように刻みを入れたり、彫刻をしたり、ニスやオイルなどで綺麗に仕上げるユーザーも多いと聞くけれど、これはオピネルに対する愛着を一層深いものにさせる。聞いた話では、あらかじめ彫刻を削り出す事を前提に、角材のようなハンドルを備えたモデルまで存在するそうだ。</div><div>　また、オピネルには一風変わったブレードのロックシステムが備わっている。ブレードの付け根に嵌められたリングを回転させる事でロックと解除を行うもので、シンプルだが非常によく考えられている。多くのブレードロックは刃を起こした状態で固定するのみだが、オピネルは閉じた刃が開かないように固定する事もできる。</div><div>　豊富なサイズバリエーションも魅力的だろう。現在、国内で一般的に流通しているオピネルにはNo.6からNo.12までのサイズが揃っている。いくつかの番号は欠番だが、これによって刃渡り7センチから12センチまでのモデルから好きなものを選ぶ事が出来る。手の小さな子供や女性から、キャッチャーミットみたいな手の親父まで幅広く対応しているのだ。</div><div>　どちらかと言えば、オピネルはナイフというよりも道具だろう。登山用品店やホームセンターなどで手に取る事が出来て、かつ多くのアウトドアズマンが使用している。木製のハンドルと優雅なブレードは攻撃性を感じさせず、食卓でパンを切り分けたり、森でキノコを採ったりするような、そんな牧歌的なシチュエーションが思い浮かぶナイフである。人をブッ刺したり、鉄条網を切り開いたりするような使い方は、このナイフからは想像できない。だいいち、オピネルにはそんなヘビーな作業はこなせないだろう。ブレードは薄くて容易に折れるだろうし、ヒルトやフィンガーチャネルの存在しないグリップは人に向かって突き刺したが最後、手が滑って自分の指を落とす事になる。</div><div>　勿論欠点もある。オピネルの特徴でもある木製ハンドルだが、天然材の為に吸湿すると膨張し、ピポッドを圧迫してブレードの開閉を妨げる場合がある。普通のナイフは折り畳み時にエッジとグリップが接触しないように「キック」と呼ばれる突起が設けられているが、オピネルにはそれが存在しない。刃を収納した状態でブレードにストレスが加わると、グリップ内部と擦れてエッジが損耗する可能性がある。また、スタンダードなモデルにはランヤードホールが存在せず、ストラップやタブを装着する事が出来ないので、キーホルダーから提げたり、紛失防止の為に手首に結わえ付けて使うという事が難しくなっている。僕のオピネルは金属製のヒートンを捻じ込んで代用している。</div><div>　いろいろと並べ立てたけれど、結局のところ値段に見合うだけの価値はあるだろうか？　答えはイエスだろう。これを書きながらAmazonで調べたところ、No.8のオピネルは現在1,450円から手に入る。ナイフとしての機能や見た目の美しさ、ユーザーの多さなどでいえばオピネルはバックの#110と大差ないが、バックの方はだいたい3倍ほども高い。場合によっては、要らない革製のポーチまで付属してくる。意外かもしれないけれど、ナイフに革は御法度だ。なめしの工程で使われたタンニンが金属に悪影響を及ぼすのだ。</div><div>　20,000円もするSV30鋼を使ったヘビーデューティーなナイフを日常の用に供する勇気のある人は少ないだろう。だが、その10分の1以下の値段で手に入るオピネルは、毎日の食卓で主菜の肉を切り分けるのに使っても抵抗感は少ない。それに、そういう用途の為にデザインされたかのような日常性を備えている。黒光りするガットフックが付いた凶悪なスキナーでステーキを食べていれば、給仕頭はおそらく警察に電話をしたがるだろうが、オピネルで行儀よく鶏肉を切り分けている分にはおそらく気にしないだろう。次第に高価なナイフは自宅のディスプレイの奥深くに仕舞い込まれ、デイリーユースは全てオピネルが担うようになる。ナイフは使ってこその道具だと、僕は思っているのだけれど。</div><div>　僕の心に住まうブリトン人も、オピネルには一目置いているようだ。オピネルの公式ウェブページによれば、ヴィクトリア&amp;アルバート博物館の『世界で最も美しいデザイン100のプロダクト』の一つにオピネルが選ばれたという。なぜ「ポルシェ911やロレックスと共に～」と書かれているのかは不明だが――まるでイギリスには傑出したデザインの製品が存在しないみたいじゃないか。</div><div>　オピネルは英雄願望を満たしはしないし、原生林の奥深くで生き延びる為のナイフでもない。「安価で大量に生産された傑作」という意味ではカシオのF91Wとよく似ているが、オピネルはテロリズムに供する程のポテンシャルは秘めてはいない。美しさはポルシェに並び称えられる程だが、値段はポルシェなど比較にならない程安い。</div><div>　だからこそ、オピネルは普段の日常生活で使う価値がある。<br />
<br />
<br />
追記:<br />
<br />
　ムルティプラはルノーではなく、フィアットの製品でした。<br />
　筆者にイタリアとフランスの区別が付いていない証拠です。</div>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2013-10-22T18:12:18+09:00</published> 
    <updated>2013-10-22T18:12:18+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>ボリス・エリツィンの血</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<div>　前回の記事の続きになる。酒飲み以外には退屈な話題になると思うから、ムスリムは読まない方が良い――貴方がアブー・ヌワースでもない限り。</div><div>　どこまで書いたか&hellip;&hellip;そうだ、豚肉を塩と香辛料まみれにして漬けた所だった。結論から言うと、あの記事を書いた三日後には容器から取り出し、キッチンペーパーと新聞紙に包んで冷蔵庫に放り込み、一日ほど置いておいた。その間に僕はなんだか小洒落た食料品店を訪ね、ドイツの黒パンと、何故かそれしか置いていなかった『スミノフ』の21番を買ってきた。</div><div>　『スミノフ』？　なんだか変な響きだ。瓶にはしっかりSMIRNOFFと書いてあるし、創業者のロシア人もСмирновという名前なのに、どうして『スミルノフ』では無いんだろう。この気取ったウォッカは一瓶が1000円くらいで手に入ったが、決して安酒ではない。そしてロシア製でもない。かといって、『ストリチナヤ』とか『モスコフスカヤ』は外貨獲得用に作られた高級酒だし、本場のウォッカはもっと雑味があって、おまけに驚く程安いらしい。僕が最後に聞いた話では、半リットル瓶が一本90ルーブルくらいから飲めるという話だった。そういう庶民の酒が飲みたいものだけど、日本ではどうやら叶わない話のようだ。ふーむ、90ルーブルか――移住しようかな。</div><div>　ちなみに、ウォッカのアルコール度数はきっかり40度でなければいけないらしい。『ギルビー』とか『ウィルキンソン』のブランドは邪道という事か。このウォッカ製造に関する規定を作ったのが、ドミトリー・メンデレーエフ（僕らが「水兵リーベ」を覚える破目になった元凶）だというから驚きだ。</div><div>　話を元に戻そう。僕の漬けたサーロと、手に入れたウォッカの話に。</div><div>　まず『スミノフ』は瓶ごと冷凍庫に放り込む。ロシアならドアの外に30分ほど置いておくだけで事は済むのだろうけれど、日本では冷凍庫なしにはどうにもならない。ウォッカが多量に含むアルコールは融点が非常に低いから、冷凍庫程度では凍る事はない。</div><div>　黒パンを切り分け、サーロを薄切りにして載せる。キンキンに冷えたウォッカのボトルを冷凍庫から取り出すと、見る見るうちに瓶には霜が張り付き、漂う冷気が白い渦を作って流れ落ちる。瓶の中の液体は凍らずに、しかし僅かにとろりと粘性を帯びてたゆたう。なんだか映画『ザ・ロック』の冒頭で化学兵器を格納庫から持ち出すシーンを思い出す。だが僕が手にしているのは、ある意味では化学兵器よりも剣呑な代物、多くの人間を溺れさせた酒神バッカスの恵みなのである。<br />
<br />
</div><a href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/KIMG0029.JPG" target="_blank" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1382279517/" alt="" /><br />
</a><div>　写真は携帯電話のカメラで撮った。前回はきちんとしたカメラで撮影したけれど、用意するのが待ちきれなかった。</div><div>　ショットグラスに注いだ、刺すように冷えたウォッカを喉に流し込み、深呼吸をする。すると消化器から口に至るまでの全ての内臓が大火事になったようになるから、その感覚を楽しみつつ、黒パンとサーロに手を伸ばす。独特の酸味の強い黒パンと、塩とスパイスの利いたサーロがアルコールの熱を取り去る。そしてまたウォッカを注ぎ――と、あとはこの繰り返しだ。</div><div>　サーロの作り方というよりは、なんだか酒の飲み方についての記事になってしまった。勿論、これが正しい飲み方という訳でもない。同様に、サーロがこのような酒の肴でしか有り得ない、という事もない。サーロは非常に有用な食材だと言われている。調理の際にはラードの代用としても使えるし、ちょっとしたペミカンのようなものだ。生憎と僕には生で薄切りにしたものを食べる以外の方法が思い付かないけれど、読者諸氏は様々な食べ方を試してみてほしい。あとウォッカの飲み方も。</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2013-10-15T19:00:00+09:00</published> 
    <updated>2013-10-15T19:00:00+09:00</updated> 
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    <title>The place...where the shells get discarded.</title>
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      <![CDATA[<div>　海外のフォーラムを斜め読みしていると、『ガールズ&amp;パンツァー』を『G&amp;P』と表記しているGAIJINがそこそこ存在する事に気付く。広く一般的なのは『GuP』らしいが。僕としてはGuPでもДиТでも構わないのだけれど、G&amp;Pだけは確かに御免蒙りたい。中国のトイガンメーカーの中に、同名の会社が存在するのだ。一昔前はデルタリングやメタルフレームなどをパーツ単位でちらほら見かける程度だったが、最近では日本の市場でも完成品モデルを多く展開している。戦車アニメと中国製トイガンが混同されるなどあってはならない悲劇であろう。共通点など無い。どちらも鉱物油臭いくらいか。あと鉄――。</div><div></div><div>　G&amp;Pの話は本筋には関係ないから忘れて貰って良い。本筋も何も無いのだが。</div><div>　サーロという食べ物がある。豚の脂身を塩で漬けた保存食で、ウクライナの伝統的な料理とされているそうだ。僕は本場仕込みのサーロを食べた事こそないけれど、BBCの『クッキング・イン・ザ・デンジャー・ゾーン』という番組でチェルノブイリ近郊に暮らす老婆が手にしているのを観て、とても美味しそうだと思った事を覚えている。</div><div>　そもそも、ウクライナは美食の土地であるという。少なくとも1986年以前にはそうだった。カツレツ、ボルシチ、餃子のような「ヴァレーニキ」など、同時代のモスクワ人が牛乳とパンで生きていた時代を、キエフ人は豊富な豚と麦によって生きていた。現在では栄養学的な面からその消費量は減少しつつあるようだけれど、それでもウクライナ人にとっては伝統の味である事に変わりはない。それに、サーロはスラヴ人にとってはウォッカの肴として非常に有用であると聞けば、酒飲みなら一度くらい食べてみようという気になろうというものだ。</div><div>　少し前から、僕も自分用にサーロを漬けるようになった。もっとも日本では「皮付きの豚の背脂」なんておいそれと手に入らないから――肉屋に相当のコネクションがあれば別だろうが――スーパーの精肉売場で最後まで売れ残るような、脂の比率がとてつもなく大きい豚バラ肉を使って作る。先日、Twitterの若いフォロワーさんからレシピを教えて欲しいとあったので、写真を交えて紹介してみようと思う。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4618_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815246/" alt="" /></a> <br />
<br />
　材料となる豚バラ肉、香り付けに使うニンニク。包丁と化したニムラバス。<br />
　この状態から、なるべく赤身の層を取り除く。残したまま漬ける人もいるけれど、好みの問題かもしれない。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4623_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815248/" alt="" /></a> <br />
<br />
　赤身の大きな層を取り除いた状態。ここから適当なサイズに切り分けるのだけれど、漬ける容器に収まりやすい大きさにすると良い。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4626_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815247/" alt="" /></a> <br />
<br />
　切り分けた脂身に塩と胡椒をまんべんなく振り掛けて、揉み込む。<br />
　塩の量は特に考えていない。肉の表面を覆う程度にまぶせば良いと思う。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4628_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815252/" alt="" /></a> <br />
<br />
　揉み込むと少しだけ小さくなる。水分が抜けているのかもしれない。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4631_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815249/" alt="" /></a> <br />
<br />
　それぞれの切り身の横っ腹にニンニクのスライスが入るように切れ込みを入れる。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4632_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815250/" alt="" /></a> <br />
<br />
　カットしたニンニクはこんな風に押し込む。<br />
　多少大雑把でも構わない。漬けている最中に馴染んでくれる。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/File/IMG_4635_R.JPG" title=""><img src="//janekchenowski.blog.shinobi.jp/Img/1381815251/" alt="" /></a> <br />
<br />
　漬物容器に詰める。写真には写っていないけれど、この容器の蓋にはスプリングで下方向に押し付けられるように作用する落し蓋が付いていて、漬物に適度な圧力を掛けてくれる構造になっている。漬物容器が無ければ何か工夫する他ない。バケツと鍋の蓋とダンベルとか。<br />
　肉の上に散らばってるのはニンニクと月桂樹か何かの葉。月桂樹はまるのまま入れるのが本当なのだろうけれど、手の中でバラバラに砕けてしまった。パセリじゃないんだから。<br />
<br />
<br />
　この後は、冷蔵庫に放り込んで3日か4日くらい放置することになる。<br />
　塩によって案外多くの水分が染み出てくるけれど、これは捨てずにそのまま漬け込む。この水分がないと、脂身に擦り込んだ塩が良い塩梅に溶けてくれず、サーロの表面にザラメのようになって張り付いてしまう事がある。漬け込みが終わったら容器から身を取り出し、キッチンペーパと新聞紙で包んでさらに冷蔵庫で何日か寝かせるのだけれど、それは次回の記事に書こうと思う。それまでに何か手頃なウォッカでも手に入れて来よう。</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <published>2013-10-05T21:06:01+09:00</published> 
    <updated>2013-10-05T21:06:01+09:00</updated> 
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    <title>OH GOD WHY</title>
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      <![CDATA[<div>　今朝の事だが、僕のTwitterアカウントが突然凍結された。</div><div>　アカウントを取得して何年ほどになるか分からないが、初めて経験する凍結措置だった。既に凍結解除申請を行ってはいるものの、凍結された原因がさっぱり思い当たらない。別に何か特別な事をしたわけでもない――今までと同じように「陰毛をリンスしたらサラサラになった」などと呟いていただけだ。つまり、Twitterの運営が誤って僕のアカウントを凍結していたか、或いは僕が3年間ほどに亘ってTwitterの利用規約に反していたという事になる。</div><div>　日常生活の中で、僕らは時折こうした思いもよらぬ事件の不意打ちを受ける。今回のTwitterの件はどうしようもない。なにしろ予想だにしなかったのだから。だが、たとえば自動車事故などはどうだろう？　確かに交通事故は「起きるもの」だけど、我々のちょっとした心構えで被害をぐっと抑える事が出来る。事故そのものは防げなくてもね。</div><div>　この世に自動車が産声を上げた時、世間の反応はそう熱烈なものではなかったという。</div><div>　既に人類は馬という生物を乗り物として授けられていたし、蒸気機関や内燃機関による騒音は当時としては耐え難いもので、イギリスなどは19世紀末まで「自動車は時速4マイル以下で走る事」と定めていたものだった。馬車以上に早く走る乗り物など世界には存在しなかったのである。必定、交通事故というものは主に自動車ではなく、馬車によるものが大半であった。</div><div>　もちろん、現代ではそうは行かない。自動車の最高時速は未だ伸び続けているが、それを駆る人間の方はここ20万年ほど大した変化をしていない。結果、人間の手に負えるモノで無くなりつつある自動車による事故は、着実に人間社会への影響を強めつつある。より高次の生物に人類が駆逐されるという題材はSFでお馴染みだろうが、たぶん人類は進化した自動車によって絶滅させられるのだろう。他ならぬ自分の運転によって操られた、しかし操り切れなかった自動車によって。</div><div>　残念ながら、現代科学の総力を結集しても、交通事故を完全に無くす為のテクノロジーは未だ開発されていない。世界にはまだこの種の技術を研究している人間も多くいるだろうが、世間は「事故を無くす」よりも「事故が起きた後にどうするか」という点に重きを置きつつある。シートベルト・リテンショナーの改良、エアバッグの標準装備、そして歩行者をやんわりと肢体不自由にする為のバンパーなど。</div><div>　僕が使用するドライブレコーダーも、その手の事後的なアイテムだ。常に運転している状況を録画しておき、万が一にも交通事故に巻き込まれても証拠映像として活用したり、或いは隕石が大気圏内に突入して大爆発を起こした時などにビデオをYouTubeにアップロードする事が出来る。一昔前は割と高価なアイテムだったものの、交通事故の後処理を行う司法の腐敗が著しい地域――だいたいは共産主義国だ――で、映像という証拠が無い限りまともな事後処理が出来ないドライバーの間に普及した結果、最近はそこそこ安価に手に入る。僕が買ったのも、中国で生産されたモデルだ。</div><div>　僕が入手したのは「HD DVR」と書いてあるパッケージに入っていたのだけど、これが正確なモデル名なのかどうかは不明だ。僕が知る限り、同じデザインのドライブレコーダーがいくつか存在する。OEMのパクリのOEMあたりだろうと思う。だからパッケージ写真と全く異なるマウントが付属していたり、中国語と英語しかない取扱説明書に「動作中は青色に点灯します」と書かれたパイロットランプが緑色に光っていても、別に気にしなかった。</div><div>　ファーストフードのセット4食分ほどの値段にも関わらず、今の所はきちんと動作している。エンジンスタートに連動した電源のオン・オフ、古いデータから順に上書きしつつ録画するリサイクル機能などが備わっているから、一度取り付けてしまえば特に操作する必要はない。時折きちんと録画出来ているかを確認するだけで良い。解像度などの関係から低光量下や遠距離の撮影は難しくなっているが、それでも自分の車が衝突した物体が何であるかを判別できる程度の画質は維持している。</div><div>　これといった欠点の見当たらないドライブレコーダーだが、それも動作しなくなるまでの話だ。じきに「チャイナ・ファクター」が作用して、何らかの機能障害を起こす可能性はある。とはいえ、FMラジオやカーナビにノイズが乗るといった事もないし、値段を考えれば案外よく出来た製品なのではないか。たとえパッケージに記載のある機能の中には実装されていない物があったり、夜間撮影用の赤外LEDが大した光量を持たない上、いざ使うとなるとフロントガラスで反射して、画面が青白く染まるような事があったとしても。</div><div>　いざという時の安心を買う意味では、取り付けておいても良いかもしれない。万が一事故に巻き込まれた際には、その後の処理がスムーズに進む事だろう――貴方が事故で死んでいない限り。もちろん、これは「加害者」の側に立った時は自己に不利な証拠として機能する。反対車線を走っていたとか、歩道に突っ込んだとか、そうした場合には言い逃れが効かない。「ブレーキは踏みました」「ハンドルを切ったけど間に合いませんでした」などは、映像を観れば一目瞭然なのだから。そう思うと、自然と「安全運転をしよう」という気持ちにもなるかもしれない。</div><div>　勿論、それでも起こるのが事故だ。</div><div>　仮に貴方が事故を「起こしてしまった」ら、勿論その一部始終は自分のドライブレコーダーが記録しているだろう。しかし、このドライブレコーダーは比較的安価だから、惜しげもなく事故現場の脇の草叢に投げ棄てる事が出来る。そして負傷者を救護し、警官を呼び、保険屋に電話で説明すれば良い。「詳しい経緯？　すみません、気が動転していて――ドライブレコーダーでしたっけ？　あれがあれば良かったんですが&hellip;&hellip;」</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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    <id>janekchenowski.blog.shinobi.jp://entry/10</id>
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    <published>2013-09-30T18:42:56+09:00</published> 
    <updated>2013-09-30T18:42:56+09:00</updated> 
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    <title>日本で使う価値が見い出せる、おそらく唯一のコンシールド・キャリー・バッグ</title>
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      <![CDATA[<div>　タクレットというアイテムがある。</div><div>　Googleで検索すればすぐに見つかると思うけど、「一見何の変哲もないウェストポーチだけど、拳銃を隠し持つ事が出来る」という若干アブない鞄の事だ。元々はアメリカという発展途上国に於いて事件に巻き込まれたり、ショッピングモールで買い物している最中に突如ゾンビ・パニックが発生した時にサッと拳銃を抜き放ち、暴漢やジョージ・ロメロの息子たちを射殺する為に作られたそうだが、なぜかそうした危険とはほぼ無縁な日本国内でも手に入れる事が出来る――無法な関税とマージンを加えた価格で。だが何の為に？　僕らの住む国では、歩行者天国にトラックで突っ込んで通行人を切り刻むようなサイコパスなんて存在しないし、だいいち拳銃を所持する事だって難しいのに。</div><div>　「とんでもない！」とタクレットユーザーは反論する。「お出かけの際にはとっても便利なウェストポーチなんだ！　EDCバッグとして最適だよ！」</div><div>　だが、EDCバッグというにはタクレットは少しばかり剣呑な代物だ。パッと見た限りではただのウェストポーチなのだけれど、知っている人間にしてみれば「フーム、きっと彼はあの中にスィグ・サワーのペストルを隠し持ってるぞ」と警戒心を抱かせるに決まっている。もしも警官が訝って「身分証を見せて下さい」と尋ねてきて、君の身分証がタクレットの中に入っていたら、その時が君の最期だ。きっとIDケースを取り出そうとフラップを開けた君を、拳銃を取り出すのだと勘違いした警官によって射殺されるだろう。冗談ではなくて、海外のフォーラムでは現役警官が「俺が勤務の時に、タクレットを持った見るからにナードなにいちゃんを見かけたら、迷わず職質すると思う」と書き込むようなバッグである。</div><div>　EDCバッグなら他にも選択肢はある。だが、世の中には「拳銃を隠し持てるバッグが欲しい」というニーズが一定数存在するのは確かなようだ。コーデュラナイロンやプラスチックバックルで出来たモデルだけでなく、革と真鍮のハンドバッグを模したいわゆる「コンシールド・キャリー・カバート・バッグ」まで存在する。市場は案外広いのかもしれないが、こうしたバッグには共通の欠点がある。小さいのだ。ハンドバッグ程度のサイズしかない。携帯電話や財布、パスケースを入れる程度の用事なら事足りるだろうが、役所に複写式のA4書類を提出しなければならない場合など、四つ折りにして畳まなければ仕舞えないだろう。そして書類の二枚目以降は真っ青に汚れ、窓口の役人は「書き直して下さい」と君に告げる。怒り狂った君は、秘密のポケットから拳銃を抜き出して役人を射殺する。</div><div>　Condor Outdoorの作る『Solo Sling Bag』はそうした悲劇から人々を救うバッグかもしれない。左右の肩を選ばないこのスリングバッグは、二気室のコンパートメントと豊富なオーガナイザーポケット、そして周囲に「僕はミリタリーオタクです」と宣伝する為のPALSテープとパイルアンドフックが備わっている。メインコンパートメントはA4サイズの書類なら余裕で収まるから、折れ曲がって汚れた書類に難色を示す役所の窓口のオッサンを射殺する事もないだろう。だが、どうしても横柄な役人に銃弾を撃ち込みたいと願うなら、このバッグに拳銃を忍ばせる事も不可能ではない。背中のパッドとメインコンパートメントの間にちょっとしたポケットがあり、中は9mmの拳銃くらいなら収まるスペースがある。中はパイルアンドフックが縫い付けられているから、ここにホルスターを貼り付ければ、大荷物も運べるコンシールド・キャリー・バッグの完成だ。ただ、このホルスターは別売となっているので、そうした使い方はあくまで非公式のようだ。Condor Outdoorも大っぴらに「ここに拳銃が隠せますよ！」とは言えなかったらしい。</div><div>　実際に使ってみると、この手のスリングバッグとしては優しい使い心地である事が分かる。MAGFORCEのMonsoonなどはショルダーパッドがデカすぎて、どれだけベルトを締めても平均的な日本人の体型だと余ってしまったのが、Solo Sling Bagはしっかりと身体にフィットするまで締め付ける事が出来る。左右兼用のデザインも良い感じだ。ショルダーバッグなどについて「ストラップは利き手側の肩に掛けるのが正しい」「いや、逆側が正しい」なんて議論をせずに済む。疲れたら左右を入れ替えればいいのだ。幸いな事に、Solo Sling Bagはサイドリリースバックルを二か所付け替えるだけで左右をチェンジできる。</div><div>　勿論欠点もある。まず、比較的容量の大きいスリングバッグなのに、サイドを絞る為のコンプレッションベルトが付いていない。中身を目一杯詰めれば見た目には美しいかもしれないが、少量の荷物しか入れない場合は、ややだらりとした印象を与える外見になる。また、メインコンパートメントには万が一浸水した時の為にドレンホールが備わっているものの、何故かサブコンパートメントには付いていない。それに縫製の都合だろうと思うが、サイドに配されたPALSテープの一部は規定の1.5インチの幅を確保できていない部分がある。米Amazonで63ドルという価格は魅力だろう――タクレットと比較すれば1/3の値段だ。だが、Condor Outdoorというメーカーが不信感を与えているのも確かだろう。ナイロンや縫製の品質は悪くないが、良くも無い。それに、このメーカーが作るギアの中には、時折とんでもない不良品が混じっているという噂もある。</div><div>　結局、このSolo Sling Bagには「Condor Outdoorなんぞ所詮なんちゃってタクティコゥメイカーよ&hellip;&hellip;やはりワシはタフプロダクツのタクレットを買うね」という人間を納得させるだけの要素がない――役人を撃ち殺さなくて済むという利点以外には。だが、日本で18,000円も払ってタクレットを買おうと考えていて、かつ大判の書類や荷物を運びたいと考えているのなら、まだ他にも選択肢がある。5.11のSelect Carry Bagだ。拳銃どころか、標準サイズのMP5をコンディション1で運べるというオマケ付きで、これもおそらくタクレットよりも安い値段で手に入る。ただ、どちらかといえば「銃を隠し持つ」事を第一に設計されているので、日常的な使い易さなどは若干犠牲になっているものと思う。</div><div>　銃器を忍ばせたり、ゾンビクライシスを生き延びる為のEDCバッグは数多い。だが日常生活でも気軽に使えるという意味に於いて、Solo Sling Bagは考慮に値するバッグだろう。</div>]]> 
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            <name>Janek Chenowski</name>
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