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Janek Chenowski's Provisional Blog

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人気度で言えば、きっと「エアマックス」以下

 イメルダ・マルコスというご婦人が、かつて存在した。
 ――いや、厳密に言うと今も生きているから、「存在した」という言い方はおかしいかもしれない。かつて独裁体制が敷かれていた頃のフィリピンの大統領の嫁で、自らとその側近で権力を私して腐り切った政治を執り行った、まことパワフルな女性である。もちろんフィリピン国民の反感を買わないわけがなく、結局は共産主義国家の支援を受けたグループによる人民により革命を起こされ、夫ともども国外へと亡命した。その嫁の腐敗ぶりを物語る有名なエピソードとして、革命後に主の居なくなった宮殿には数千足もの高級靴が残されていた、というものがある。
 僕も最近、靴を一揃い買った。おそらくイメルダ女史が所有していたコレクションのうちで最も安い物よりも安く、最もダサい外見のモデルよりもさらにダサいだろう。米国ベイツ製の『デルタIIスポーツ』だ。様々なカラーバリエーションが存在しているが、今回手に入れたのはコヨーテブラウン色。
 僕にとって、これでベイツの靴は二足目になる。2年ほど前から愛用している『デルタ6』は法執行機関による使用をアピールするだけあってヘビーデューティーな造りだったが、『デルタIIスポーツ』はどちらかというと普通のスニーカーに近い構造になっている。外見的にもこれ見よがしに分厚く巨大なソールなどはなりを潜め、代わりに日常生活により溶け込むデザインが特徴と言える。もっと言えば、特徴がないのが特徴かもしれない。
 だがこのパッとしない運動靴モドキが、実際には様々な工夫と機能に満ち溢れている事は、履いてみればすぐに気付く。一般的な靴よりも厚い靴底は適度なクッション性を発揮して、着用者の足を保護する。爪先やサイドは何か固い芯のような物が入っているのか、型崩れを起こさず、爪先にぎゅっと力を込めても靴全体がしなってしまう事がない。徒競走でもやるなら別だが、僕はこれくらい固い靴の方が好みだ。地面を蹴る時の力の入り方が違う。速くは走れないかもしれないが、しっかりと歩く事は出来るだろう。
 インソールの下にはベイツが特許を持っているという「I.C.S.」というシステムが隠されている。Individual Comfort Systemの略だそうだ。インソールを持ち上げてみると、ソルボセインに似た素材で出来たクラウンギア状のディスクが出てきて、その下の靴底に接する箇所にはディスクが嵌合するよう、同じくクラウンギア状に窪んだ部分がある。ぷにぷにしたディスクは着地の衝撃を和らげるだけでなく、厚みが均一ではなく緩やかに傾斜しているため、嵌合させる山をずらして装着する事で着用者に最適な踵のフィーリングを設定する事が出来る。ディスクの最も分厚い部分を後ろに寄せれば踵に対する衝撃は最小限になるし、逆に一番前を分厚くセットすれば、土踏まず側へのサポートが得られる。横にすればO脚やX脚に対して効果があるかもしれない。
 どうやら『デルタIIスポーツ』には金属製の部品が一切使われていないようだ。靴紐を通すアイレットまでが樹脂で出来ている。何の意味があるのかサッパリ分からないが、きっとアメリカ合衆国には15mおきに金属探知機があって、いちいち金属ハトメやジッパーの付いた靴など履いていられないのかもしれない。
 履き心地は、まぁ、慣れるまでは不快かもしれない。米国人の足に合わせて作られているから、やや幅が狭く感じる。甲のあたりもちょっと窮屈だ。だが、これはある程度履いているうちに馴染んでくるので、今は我慢の時だろう。少なくとも極端に歩きづらいとか、足が痛くなるなどといった事は無い。
 靴底の独特なパターンは非常に強力なグリップを提供してくれる上に、小石や砂が詰まる事が少ないように設計されている。パターンの刻みは『デルタ6』などに比べれば明らかに浅く、耐摩耗性には疑問が残るが、あくまでタウンユースの靴である事を考えれば問題にならないだろう。往来でムーンウォークをしようなどと考えなければ、1年や2年は履き続けられそうだ。
 『デルタIIスポーツ』は非常にパフォーマンスの高い靴と言えるだろうが、欠点もある。僕の個体に限った話かもしれないが、同じ7サイズを買った『デルタ6』に比べてインソールが小さく、爪先がややインソールからはみ出して、靴のインナーとインソールの僅かな隙間に埋まる感じがするのだ。靴そのもののサイズは適正のようだから、社外品のカップインソールでも買ってきて換装すべきだろうか。それに、ジッパーで開閉できないのも僕には辛い。靴紐を緩くセットしておけば靴べら一本でスムーズに履けるだろうが、そんなだらしない履き方をするには勿体ない靴だ。足にピッタリするよう編上げてこそ威力を発揮する靴だ。その点、『デルタ6』などのモデルはしっかりとした靴紐の編上げを維持したまま、ジッパーひとつで簡単に着脱できた。普段履きにはそんな機能なんぞ必要ない、という向きもあるかもしれないが、日頃履く靴だからこそ、気軽に脱いだり履いたりする事の出来るデザインが欲しかったところだ。
 ところで、僕はそこまで靴に拘るタイプの人間ではないけれど、8インチの軍用ブーツや6インチのベイツ製ブーツなど、ミリタリーなデッカい靴をいくつか所持していて下駄箱のスペースを多く消費しているため、仮の同居人から顰蹙を買っている。実を言うと『デルタIIスポーツ』を買う事を決めた時も、中田商店のカタログを読んでた僕に気付いた彼女から「もしも今度ミリタリーシューズを買ったら、足じゃない部分に履かせてやる」とまで通告された程だ。
 だが、『デルタIIスポーツ』がミリタリーシューズであるかどうかは議論の余地があるし、だいいち僕の仮の同居人はまだこれがベイツ製の靴である事に気付いていない。多分ただのスエードの運動靴だと思ってるに違いない。ちょっと色が奇抜かもしれないが、便所サンダルと一緒に置いてあっても違和感はない。重厚感溢れる軍用ブーツが欲しくても、家族の理解が得られない人がいたら、『デルタIIスポーツ』はお勧めの一品だ。「スニーカーです」と言い張る事で、密かにミリタリーかつタクティカルな靴を所持するという喜びに浸る事が出来る。
 イメルダ・マルコス女史のような生活に憧れない訳ではないが、仮に僕が彼女のように高級な靴をやたらと蒐集する事が出来るような地位を手に入れたとしても、きっとこの『デルタIIスポーツ』だけは履き続けたいと思うに違いない。決して煌びやかでも華やかでもないし、価格だって顔が映り込むような艶の革靴なんかに比べればおそらく数分の一に過ぎないけれど、値段では言い表せない所有欲を満たしてくれる。それに靴としての機能も一流であれば、言う事はない。
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