先日書いた『タフクロス』に続いて刃物の話になるけれど、CRKTの「M16」というナイフが我が家にやってきた。
CRKTとは「Columbia River Knife & Tool」の略だとか。僕はてっきり「Colombia」だと最近まで思っていて、どうせ南アメリカの共産主義に毒されたお気楽なラテン系農民が作った安物のナイフだろうと思っていた。調べたところ、「コロンビア川」は北米大陸のカナダとアメリカの境あたりを流れる川という事で、CRKTもアメリカのメーカーらしい。
アメリカ合衆国の折り畳みナイフ。だが、我が家に届いた小さなダンボール箱には「中国製」と誇らしげに印刷されていた。以前は台湾製などの若干品質に勝る生産ロットが存在したらしいが、最近は中国製モデルが主力らしい。
今回届いたモデルは「M16-01Z」という名称らしい。M16シリーズにはいくつかバリエーションがあるようで、ハンドルの材質からサイズ、色からブレード形状に至るまでユーザーの好みによって広い選択肢が設けられている。タントーブレードまで存在するらしいけれど、個人的にあの形は好きじゃないので普通のスピアポイントモデルを選んだ。本当ならスピアポイントかつハーフセレーテッドモデルがあったら良かったのだが、生憎と国内では見かけない。
まず、第一印象としては非常に軽い。公称で65グラム程という事だけれど、折り畳みナイフとしては比較的軽い部類に入る。個体差はあれど、オピネルの8番がだいたい45グラムくらいだから、全金属製ライナーの入ったナイフとしては悪くない。ゼロ・トレランスの0200STをデスクナイフ代わりに使っているけれど、あれは218グラムもある化け物だ。折り畳みナイフの風上にも置けない。以前にこのブログで「EDC」の話をしたが、もしも毎日持ち歩くと仮定した場合、65グラムと218グラムの差は大きい。耐久性は言うまでもなくゼロ・トレランス製品の方が上だろうが、常日頃からナイフに過剰なタフネスを求める使い方を要求されるようであれば、断言しよう、貴方は非日常に住んでいる。
ハンドルは掌にすっぽり収まるサイズで、つまり刃もその程度のサイズという事だ。ブレードにはフリッパーが着いていて、折り畳んだ状態からそこを押下げる事で素早いオープンが可能になっているのだが、ピポッドの動きが固すぎてスムーズに開けない。サムスタッドによるオープンも同様で、結局は両手を使って刃を開く事になる。個体差なのか、それとも新品でまだぎこちないだけなのか。使い込んでいくうちに馴染んで行く事を祈ろう。ちなみに、動きが渋いだけあってブレードとハンドルの間にガタつきは無い。
ブレードは、言ってしまえば普通のブレードである。ビードブラストによる表面処理、ホローグラインド、ありがちな機械生産による加工だ。初期刃付けは若干雑だったが、僕の場合はナイフを購入したらとりあえず自分で砥ぐ事にしているので、別に気にしなかった。ちゃんとした砥石と革のベルトの裏側があれば、腕の毛が剃れるだけの切れ味を得る事が出来る。鋼材の名前は「8Cr15MoV」という聞いた事もない物で、きっとCRKTのCEOのラップトップのログインパスワードから採られた名前だろう。ブレードに鋼材を示す刻印や「Stainless」という表記はない。まあ、得体の知れない金属から出来たナイフなんて珍しくもないか。自動車のサスペンションのリーフ・スプリングから作ったナイフだって存在するんだから。
M16シリーズには「AutoLAWKS」という安全装置が搭載されていて、これは開いた刃が何かの拍子に閉じてしまわないようにする為の機構だ。僕が子供の頃、遊び友達がふざけて肥後守を木に突き立てて、その衝撃で折り畳まれた刃と握りの間で右手の指をひどく傷付けた事があったけれど、そうした事故を防ぐための装置になっている。ブレードが開かれると同時に自動的に起き上がり、ライナーロックが解除されるのを阻害するよう動作するので、いざ刃を折り畳もうとした時にはこれを操作してやる必要がある。こいつがちょっと厄介なのだ。AutoLAWKS専用のレバーを引きつつ、ライナーロックも押下げるという複合操作の果てに、ようやくブレードが折り畳めるようになる。普段からライナーロックのフォールダーに慣れたユーザーは戸惑うだろう。だいいち、「刃が開かないようにする安全装置」ではなく「刃が折り畳まれない為の安全装置」というのは、なんとも奇妙な感じがする。万が一ライナーロックが破損して、刃が折り畳まれてしまうような無茶苦茶な作業をこのM16で行う人間は非常識か、或いはハンニバル・レクター博士の友人である可能性がある。
ちょっと不思議な安全対策も万全で、日常の用に足るパフォーマンスは秘めているM16だが、いくつか残念なポイントもある。まず、ポケットクリップの取り付け位置が変更出来ない。右利きの人間がポケットから取り出す事しか想定していない設計だ。それに、このサイズのナイフにとって致命的な事に、ランヤードホールが存在しない。僕は右利きだし、ナイフに細引きを通して携帯しないタイプだから気にしないけれど、他のユーザーがそうだとは限らない。ナイロンコードを結び付けたビクトリノックスを愛用する知人が居るが、彼はこのM16を決して気に入らないだろう。
M16には一見汎用性に富んでいるようで、実際には何をするにも少し足りないナイフという印象を持った。少なくとも、「無人島に放り出されるとしたら何を持って行きたいか?」というリストには決して加えたくない一本だ。危機的状況を切り抜けるポテンシャルは無い。EDCとしての最低限の機能を持ち合わせているだけだ。「レイズ」のポテトチップスの袋を開けたり、スペアリブの肉を骨から剥がすのにちょうど良いくらいだろう。それ以上の作業を任せるには不安が残る。作り手の情熱が籠ってるとも言い難い。マトモな見識を持った人間がデザインしたとは思えない、そんな機能上不可解な点が多すぎる。
45ドルという値段は大変魅力的だが、コストパフォーマンスに優れるかどうかは疑問だ。人間は大抵、自分が支払った金額以上の働きをする道具を逸品であるとして絶賛するが、このM16は値段相応の価値しかない。良いナイフである事は間違いないのだが、それも45ドルという値段を鑑みての事だ。もしもこれが130ドルくらいだったら、僕は見向きもしなかっただろう。
良いナイフが欲しいなら、M16以外にも選択肢はある。
だが、今もしも貴方が45ドルしか出せないというのなら、M16は最良のモデルだろう。
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